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阿弥陀経(現在継続中)

『阿弥陀経』を一節ずつ読み解きます。時々はサンスクリットの原文との比較や、大乗仏教の歴史のなかでの位置づけを考えたりもしています。

  • 英伸法話 阿弥陀経 訳経僧・鳩摩羅什(くまらじゅう)について浄土三部経と三蔵法師、鳩摩羅什についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 阿難尊者が語るお経、祇園精舎阿弥陀経の冒頭は場面設定です。
  • 英伸法話 阿弥陀経 五比丘と迦葉三兄弟お釈迦様の最初期の弟子、五比丘と迦葉三兄弟についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 迦葉三兄弟と舎利弗、目犍連1000人を引き連れた迦葉三兄弟と、250人を引き連れた舎利弗、目犍連についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢と十大弟子阿弥陀経には、十大弟子のうち3名のお名前が見当たりません…
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、マカクチラとリハタ長爪梵志だったマカクチラは四弁第一、舎利子の末の弟リハタは無倒乱第一です。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、シュリハンダカ掃除をして悟られた仏弟子のお話です。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、難陀お釈迦様の弟、難陀尊者のお話しです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、阿難陀多聞第一の阿難陀尊者についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、羅睺羅お釈迦様の息子、羅睺羅尊者のお話です。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、キョウボンハダイキョウボンハダイは牛と縁のある不思議なお弟子さんでした。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、ビンズルハラダ獅子吼第一の賓頭盧尊者は、私たちに一番身近な羅漢様かもしれませんね。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、カルダイ(3人のウダーイ)3人のウダーイさんは混同されがちですが、それぞれにエピソードがあるようです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、マカコウヒンナ十六羅漢のおひとりマナコウヒンナ様はもと王様で、勇猛端正第一、また知星宿第一だそうです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、ハクラ無病第一のハクラ尊者は、無欲で無口な方でした。
  • 英伸法話 阿弥陀経 十六羅漢、アヌルダ天眼第一のアヌルダ尊者は、涅槃図では同じ画面にお二人描かれています。阿那律(アナリツ)と呼ばれることもあります。
  • 英伸法話 阿弥陀経 菩薩摩訶薩について菩薩摩訶薩とは何か?ということと、阿弥陀経と無量寿経について、冒頭で集まっている人々の属性や人数などについて考察します。
  • 英伸法話 阿弥陀経 文殊菩薩様について①大乗仏教を代表する清らかな智慧の菩薩、文殊師利法王子とそのパートナーとなる菩薩についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 文殊菩薩様について②文殊菩薩は般若の智慧を勇猛果敢に広めてくださった菩薩様なのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 弥勒菩薩様について弥勒菩薩様とアジタという菩薩様の関係についてお話しします。
  • 英伸法話 阿弥陀経 乾陀訶提(けんだかだい)=香象菩薩様について乾陀訶提(けんだかだい)菩薩の名はインド語で「ガンダハスティン」、「香りの象」という意味だそうです。香り高い修行の功徳が積み重なって、大きな象のような存在の菩薩様です。
  • 英伸法話 阿弥陀経 常精進菩薩と香象菩薩を足すと普賢菩薩!?法華経にも登場する常精進菩薩様ですが、乾陀訶提菩薩様の功徳と合わせると、普賢菩薩様になるような気がするのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 釈提桓因は帝釈天帝釈天は一世界の神の王様。「シャクラ」という名前の、デーヴァ(天部)に属するインドラ(雷の神)を漢訳すると「釈提桓因(しゃくだいかんにん)となります。
  • 英伸法話 阿弥陀経 「阿弥陀経は無問自説の経」とは言うけれど阿弥陀経含め、お釈迦様が質問されないのにご自分で語られたお経を「十二分経」という分類の中で「自説」「ウダーナ」と言います。
  • 英伸法話 阿弥陀経 現在、西方の極楽の仏、阿弥陀仏様この世は無仏世界だけど、現在の仏として他方仏思想のなかで登場するのが、西方極楽浄土の仏、阿弥陀仏様なのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 仏土とは仏様の心の大地四天王様のお名前は、広く見聞きして徳を積み、伸ばして、揺るがない心の地面を作る「勉強」の修行を表します。そしてそれを完成なさった方が仏様で、その心の世界を仏国土(浄土)と呼ぶのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽と娑婆阿弥陀経では、阿弥陀仏のお姿は「光と命が限りがない」という他は詳しく書かれません。対して極楽については詳しく語られ、ただ単にパラダイスと言うよりは、この世が苦しい娑婆世界であることに対峙して、仏道修行がとてもしやすい場所としてと書かれています。
  • 英伸法話 阿弥陀経 七重の囲いと網と並木は四つの宝で出来ている①阿弥陀経だけに基づくと、極楽の並木は七宝ではなく四つの宝だけで出来ていました。さらに、極楽のエリアを限定するような囲いや網についての記述も、阿弥陀経にだけしかありませんでした。
  • 英伸法話 阿弥陀経 七重の囲いと網と並木は四つの宝で出来ている②金と銀は高貴さと慈悲深さ、瑠璃と水晶は落ち着いた癒しと純粋さ。極楽の輪郭は、まるで宇宙空間のような色彩なのかもしれません。
  • 英伸法話 阿弥陀経 七宝池について七宝池って、どんな姿なのでしょうか?四方の階段は四つの宝でできているし、水は八功徳水、底には砂金で、どこに七つの宝があるのでしょう?
  • 英伸法話 阿弥陀経 八功徳水とは何か?八功徳水のオリジナルは、砂漠のオアシスであり、「八つの功徳」とは、もともと「綺麗で安全で飲める水」という意味だったようです。このイメージがパワーアップしていって、金の砂が敷き詰められた池、四つの宝の階段でできた池から、七つの宝でできた池へと変化していったと推測されます。
  • 英伸法話 阿弥陀経 四宝と七宝極楽のオアシスへと降りてゆく階段は金銀、紺と水晶の四つの宝で出来ていて深い落ち着きへといざないます。地上はさらに白、赤と瑪瑙を加えた七つの宝で出来ていて、鮮やかに様々な功徳で満たされます。
  • 英伸法話 阿弥陀経 宝の楼閣について宝の楼閣は、オアシスがただの自然ではなく理想郷であることの証しなのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 宝池の蓮、梵本比較サンスクリットのお経と読み比べると、いろいろ見えて来ます。宝の楼閣は、もともと宝の木だったのかもしれません。
  • 英伸法話 阿弥陀経 青い蓮は青い色をして青く輝き、青く見えている蓮の色はヴァルナ、つまり社会的立場の違いも意味する言葉で、見えるというのはダルシャナ、つまりインドで哲学を意味する言葉で表されていました。じっと見つめられても堂々と咲き誇る、誰もがありのままで美しく咲き誇れる世界。これこそが極楽の素晴らしさなのかもしれません。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 天の音楽、金の大地、六時に花の雨極楽の大地は黄金から様々な宝石に発展し、花の雨は極楽での時間の経過を表しています。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 天の音楽とは、極楽の人々の暮らし極楽の音楽とはどんなものでしょうか?また、極楽の人々は、毎朝衣の裾を持ち上げて、そこに妙なる花々を摘み入れ、すべての仏様に配りに行かれるそうです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の人々の朝のルーティーン極楽の人々の朝のルーティーンを紹介します。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の鳥たちのイメージ極楽の鳥たちは砂漠の中のオアシスの、さらなる楽園イメージの主役ですが、そこに仏教的役割をプラスすると出てくる矛盾に、言い訳もしないといけなくなったみたいです…#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥①白鵠極楽いる6種類の鳥たち「六鳥」について、一つづつお話しいたします。1番目は「白鵠(びゃっこく/びゃっこう)」。「鵠」は「くぐい」という鳥で、白鳥もしくは鶴のような鳥だそうです。「鵠」のつく鳥は「黄鵠(こうこく)=中国の言い伝えで、死者を甦らせる神話的な鳥」、「鴻鵠(こうこく)=おおとり、くぐい」で、史記にも「燕雀いずくんぞ 鴻鵠の志を知らんや」と登場します。
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥②孔雀極楽の鳥、2番目は孔雀です。孔雀は毒蛇を喰らって、その毒で喉が青くなったそうですが、喉のチャクラは青く輝き、冷静な言葉を語ることと結びついているのです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥③鸚鵡極楽の六鳥の中で一番身近な鸚鵡は、人の言葉がしゃべれるだけではなく、お念仏を食べ物として、人々に念仏を勧め、その美しい羽に人々を乗せて極楽へと飛んでいく、阿弥陀仏様の化身なんだそうです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥④舎利極楽の鳥、舎利は一説には九官鳥とされますが、仏弟子・舎利子の母は「舎利という鳥の目に似た目を持っている」から舎利と名付けられたそうで、となると、「九官鳥の目に似た目」を持っているって、果たして???となりますよね…どうやら、「舎利シャーリー」とは「白く美しい鷺」のことのようです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥⑤迦陵頻伽有名な半人半鳥の迦陵頻伽(カリョウビンガ)、よくよく調べてみると古代インドの神話にルーツがある不思議な存在でした。ちなみに「カラヴィンカ」という鳥は、スズメのことだそうですよ。#阿弥陀経 #六鳥 #迦陵頻伽
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の六鳥⑥共命之鳥2つの頭に1つの体という不思議な鳥、「共命之鳥」には怒りや憎しみの危険を説く物語があります。また、個と全体の深いつながりを示すインド哲学にもつながります。一説にはネパールの国鳥ヒマラヤモナールともされ、大変美しい姿の鳥みたいですね。#阿弥陀経 #六鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の鳥たちの鳴き声は和雅の音阿弥陀経と観無量寿経には極楽の鳥たちが出てきますが、無量寿経には出てきません。しかし「和雅の音」は無量寿経にも出てきます。極楽の音楽は和雅だけでなく、哀切さが加わることもあるのです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽鳥の鳴き声の古さについて極楽の鳥たちの鳴き声は一般的に三十七道品の教えと言われますが、実は部派仏教の教えとして完成する前の形を保存しており、阿弥陀経の成立が無量寿経よりも古い証拠のひとつとなるかもしれません。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽鳥の鳴き声、五根・五力について極楽の鳥たちの鳴き声を聞くだけで、おのずと自分の心のなかの「智慧の種」にたどり着けるのですが、その筋道こそが「五根・五力」なのです。#阿弥陀経 #極楽鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽鳥の鳴き声、七菩提分について極楽の鳥たちの鳴き声を聞くだけで、おのずと自分の心のなかの「智慧の種」にたどり着けるのですが、その筋道の「五根・五力」の最後に得られる智慧=覚りの内容を、わかりやすく七つに分析したものが「七菩提分(七覚支)」なのです。#阿弥陀経 #極楽鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽鳥の鳴き声、八正道分、念仏念法念僧について極楽の鳥たちの鳴き声を聞くと、心の中に「信じる種」や「努力の種」、「智慧の種」などが出てきて、やがてそれらが力を帯び、覚りの智慧が喜びとともに見出され、そこへ至るための修行の道まで自然にわかってくるのです。彼らはそれらの感動を通しておのずから「仏を念じ法を念じ僧を念じる」心を身につけるのです。#阿弥陀経 #極楽鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四念処の1身念処極楽の鳥たちの鳴き声が示すのは「三十七菩提分」という教えだとされますが、お経のなかには書かれていない、四念処・四正勤・四神足という教えについて、少しずつ解説してゆきます。今回は四念処のうちの一つめ、身念処をお話しします。呼吸、姿勢、動作、四大などの観点で身体を観察します。#阿弥陀経 #三十七菩提分
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四念処の2受念処、3心念処極楽の鳥たちの鳴き声が示すのは「三十七菩提分」という教えだとされますが、お経のなかには書かれていない、四念処・四正勤・四神足という教えについて、少しずつ解説してゆきます。今回は四念処のうちのニつめと三つめ、受念処と心念処をお話しします。受念処とは、楽しみと受け取っり苦しみと受け取ったりする心などを観察すること。心念処とは、貪り、怒り、愚かさに囚われた心と、それらに囚われない心、そして散り乱れた心や、定まった心などを観察すること。難しいですが、すべて覚りを求めるための心の観察になります。#阿弥陀経 #三十七菩提分
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四念処の4法念処①極楽の鳥たちの鳴き声が示すのは「三十七菩提分」という教えだとされますが、お経のなかには書かれていない、四念処・四正勤・四神足という教えについて、少しずつ解説してゆきます。今回は四念処のうちの四つめ、法念処についてですが、そもそも四念処とはどういう修行なのかを振り返ります。四念処とは、そもそも「私の在り方」が「常楽我浄ではない」ということを認識すること。そのために、まず自分の体を観察して「無常、苦、無我、不浄」であることを知る。そして身体への執着を離れて、その身体を通して感じられる感受作用を「苦・楽、不苦不楽」と分別する。そして心に向き合い、「貪り・怒り・痴かさ」にとらわれる心と、とらわれずに距離を置く心などを認識する。このように、段階的に自分のなかを空っぽにしてゆき、それでも立ち現れるのが「法」になります。この詳細の分析はまた次回とさせていただきます。#阿弥陀経 #三十七菩提分
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四念処の4法念処②四念処の4番目、法念処とは、心のさまたげ(五蓋ゴガイ)、体と心の分析(五蘊ゴウン)、心と外界の接点(六処ロクショ)、覚りの分析(七覚支シチカクシ)、苦しみの消滅(四聖諦シショウタイ)それぞれを念じていく修行になります。#阿弥陀経 #三十七菩提分
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四念処全体について四念処について総ざらえをして、どういった修行だったのかを考えます。#阿弥陀経 #極楽鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四正勤について四正勤とは「①まだ生まれていない悪を生まない②すでに生まれた悪は断ち切る③まだ生まれてない善を生み出す④すでに生まれた善を育てる」という四つの修行です。ある意味、とても当たり前のことで、つまらない教えにも見えてしまいますが、「仏教における悪とは何か」を明確にすることで、実践的な奥深い修行ということに気づくのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 三十七菩提分 四神足について四神足とは瞑想の深い境地(三昧)にたどり着くための方法論で、そのためには四つの強力なエンジンが必要だということを教えてくれます。すなわち①欲神足、②勤神足、③心神足、④観神足。まずは希望を持ち、「こうなりたい!」と強く思うこと。そしてそのための努力を継続し続けること。そして雑念なく心を集中させる。さらにそれらを振り返り、反省し気づき考えてブラッシュアップしていく。ビジネスはじめ、様々なことに通じる教えですね。
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の鳥は阿弥陀様の変化①極楽の鳥たちは、六道輪廻のなかの三悪趣のひとつとされる畜生道の存在ではなく、阿弥陀仏が説法をしたいと望まれて生み出した変化である、と阿弥陀経に書かれますが、これは小乗仏教の教理研究であるアビダルマの業果論が影響しています。①古代インド神話の神の楽園の風景としての鳥たちが仏教にも取り入れられるも、②六道輪廻の業の結果としての畜生が定義づけられることでの矛盾が生じ、③その解決策としての変化身が述べられているのです。#阿弥陀経 #六鳥
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の鳥は阿弥陀様の変化(へんげ)②業とはなにか極楽の鳥たちは悪業の結果の畜生道なのかという問いに対して、弁明するように「阿弥陀仏の変化身」と阿弥陀経には説かれていますが、これは小乗仏教の僧侶たちのグループ(部派)でのさかんな「業果論」の結果が反映されています。業とは意志的な行いで、その結果が必ず返ってくるというのが業果論ですが、その解釈には様々な分類、考え方がありました。迷いの世界での因果応報と、仏の世界からの救いという、質の違う業同士の作用の緊張関係をどう捉えるか、という問題があったのです。#阿弥陀経 #業
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の鳥は阿弥陀様の変化(へんげ)③名は実を引き寄せる極楽に「三悪道」という名さえない、というのは、名が実を引き寄せるので、悪への最初のきっかけもない、ということです。脱線しますが、名が実を引き寄せるからこそ、「南無阿弥陀仏」という称名念仏を真剣におこなえば、臨終の時に阿弥陀仏様がみずから来迎してくださるのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の行樹(並木)はパラダイス極楽の周囲を囲む行樹(ごうじゅ・並木)と空を覆う羅網は、砂漠のオアシスのように命を守り、安心を与えてくれます。それだけでなく、そよ風が木々を揺らすと自然に仏法が身につくのです。行樹の原語「vṛkṣa-pāṅkti」の後半部分は、英語 paradise の語源古代ペルシア語 pairi-daēza=「周囲を囲まれた庭園・楽園」にも通じるのです。#阿弥陀経 #弥陀讃堂
  • 英伸法話 阿弥陀経「念仏念法念僧の心を自然に生じる」とは念仏の種類について、称名念仏と観想念仏のちがい、また「見仏」と「観仏」のちがい、声に出して名前を呼ぶ念仏と「仏の名を聞く」という体験のちがいをお話しいたします。「見」は「まみえる」とも読みます。すなわち、「出会う」ということです。「見仏」体験すなわち神秘体験であり、それは視覚的な体験に限らず、聴覚体験、もしくはそのいずれでもない、言葉を超えた(言語道断)体験かもしれません。もしかするとそれを「仏の名を聞く」と表現したのかもしれませんね。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の行樹のそよぐ音を聞くと念仏念法念僧の心が生まれる阿弥陀経によれば、極楽の鳥の鳴き声や、樹々のそよぐ音を聞くと、自然に「仏を念じる心、法を念じる心、僧を念じる心」が湧いてくるそうです。観無量寿経では樹々は「苦空無常無我」の声を説き、無量寿経の道場樹は「深い法忍」の音を奏でるそうです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 なぜ「阿弥陀」と名づけるのか?阿弥陀仏の本質は「量り知れない光」であり、阿弥陀経でも無量寿経でも、阿弥陀仏について最初に光の特徴について述べています。しかし2番めの特徴である「量り知れない寿命」の方に着目し、阿弥陀仏の訳語を「無量寿仏」としてお経のタイトルにまでしたのは、中国人の求める不老長寿という価値観の影響なのです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 「阿弥陀」の本質は「計り知れない光」よく考えると、仏様に出会ってすぐ「無限の寿命をお持ち」かどうかわかるはずもなく、すぐわかるのは「無限の光を放っておられる」ということではないでしょうか。さらには、その光に触れるだけで身も心も清らかで柔らかくなり、思わず踊り出してしまうのですから、その本質は「途方もなく大きく優しい光」なのです。#阿弥陀経 #阿弥陀仏 #阿弥陀如来
  • 英伸法話 阿弥陀経 「無量寿仏」の「寿」について阿弥陀仏の本質は「光」なのに、なぜ「寿」の方が注目されたのか?お経のタイトルにまでつけられた理由を考えるのに、仙道を捨てて浄土教を広める高僧となった曇鸞の逸話が参考になります。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 「無量寿仏」の寿命の単位、「劫(カルパ)」について、仏教の説とヒンドゥー教の説お経に出てくる長い時間の単位「劫」は、実は仏教の説とヒンドゥー教の説ではかなり違います。仏教では13億4000万年、ヒンドゥー教では43億2000万年。仏教では大中小の劫があり、1大劫は4中劫で80小劫になります。ヒンドゥー教では世の中が道徳的に素晴らしい金の時代から、銀の時代、銅の時代、鉄の時代とだんだん悪くなってゆくマハーユガという時間の単位が繰り返されて、1000ユガが1劫になります。
  • 英伸法話 阿弥陀経 ヴィシュヌ神の十化身と「由旬(ゆじゅん/ヨージャナ)」「劫(カルパ)」についてマハーユガの最後に現れ世界を救う未来神カルキを含め、ヴィシュヌ神には10の化身があり、その9番目がブッダとされます。魚から始まり亀、猪、人獅子、矮人…と続くこの10化身、最近では赤ちゃんの母胎内での成長過程に似ているのではないかと指摘されています。長さの単位「由旬」は牛がくびきをつけて畑を耕せる距離だそうで振れ幅が大きく諸説ありすぎ。「劫」の長さを示す盤石説と芥子説、具体的な推理をAIに計算してもらうとビックリの結果となりました。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 那由多と阿僧祇の違い、五劫の擦り切れ仏教における大きな数字の単位「那由多なゆた」と「阿僧祇あそうぎ」はどう違うのかご存知ですか?また、阿弥陀仏が仏となる前の修行期間が五劫で、覚りを得てから今日までの時間が十劫になるそうです。そして仏の寿命はまだまだずうーっと続くのです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の比丘の数、菩薩の数阿弥陀経には極楽の比丘の数は数えきれないほどとされます。そして全員が阿羅漢の悟りを得ておられます。菩薩の数もまた同様。無量寿経に諸仏の国にも大勢の菩薩様がおられると説かれますが、その合計数よりももっともっと大勢なのです。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽の菩薩のは不退転、さらには一生補処に極楽に生まれた衆生がみんな「阿鞞跋致(あびばっち/不退転)」の位になる、というのは、実は前段の「極楽の菩薩も数知れない」と言う説明から繋がっているのです。これは極楽に生まれた声聞弟子たちが全員阿羅漢になる、というのと対応しています。(さらには菩薩たちの多くが「一生補処=仏になる直前の輪廻の存在」という偉大な存在にまでなれるそうです)ここに、阿弥陀経の古層と新層の違いを見出せます。極楽を志す小乗仏教の僧侶と、そのあとに大乗仏教の菩薩たちも追従していった姿と。さらには遡って最古層も考えると、善男子善女人という普通の人々が救われるパラダイスの存在も透けて見えてきます。ただ美しい鳥たちが鳴き交わす楽園。そこに小乗仏教の僧侶たちも往生するようになると、鳥たちは阿弥陀仏の化身であり畜生ではない、鳴き声は尊い小乗仏教の覚りを教えてくれる…そんなお経のほつれが、少しづつ見えてまいります。#阿弥陀経
  • 英伸法話 阿弥陀経 極楽のことを聞いた衆生は「極楽に生まれたい」という願いを起こせよ極楽のことを聞いた人々が往生できる条件は「極楽に生まれたい」と誓願をおこすこと。そうすれば、極楽で阿羅漢となった比丘たちや不退転の位の菩薩たちに出会えるのですが、これはこの世で少ない善の功徳を積んだ結果では到底辿り着けない世界なのです。
  • 英伸法話 阿弥陀経異本「襄陽石刻阿弥陀経」に記された21字あまり知られていませんが、中国・湖北省の襄陽(じょうよう)市にある龍興寺に伝来していたという石碑に刻まれた『阿弥陀経』には、普通の阿弥陀経にはない21字が追記されているのです。それは「一心不乱」の句に続けられた「専持名号以称名故諸罪消滅即是多善根福徳因縁」。つまり、「南無阿弥陀仏」とお称えすることで罪が滅ぼされ、多くの善を積み、福徳の因縁となる、とのこと。これはその前の「少しくらいの善では阿羅漢や不退転の菩薩たちと一緒に過ごせる極楽に往生できるはずもない」というところと対になっているようです。この21字は後世に追加されたようですが、法然上人はこの文をご存じで、深く受け止められ、称名念仏の根拠にもなされたようです。